東京地方裁判所 昭和38年(ワ)3650号 判決 1965年9月30日
原告 鈴木啓之
同 鈴木
右両名訴訟代理人弁護士 中村喜三郎
被告 馬居清子
<外三名>
右四名訴訟代理人弁護士 矢吹忠三
同 村田茂
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告ら訴訟代理人は「被告らは原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し、昭和三八年五月一日から明渡ずみまで一月金八五〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
(一) 鈴木安太郎は別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を所有し、昭和三〇年一〇月一七日これを被告清子に賃料一月金六、〇〇〇円、期限同四〇年一〇月一六日までの約で賃貸して引渡した。被告清子は本件建物を使用して「すずらん」の屋号で喫茶店を経営していた。原告は安太郎の妻、同啓之は安太郎の子であるが、安太郎は同三六年四月一六日に死亡したので、原告らは同日本件建物の所有権と被告清子に対する本件建物の賃貸人たる地位とを併せて共同相続した。その後右賃料は改訂されて、同三八年四月二四日当時は一月金八、五〇〇円であった。
(二) 被告清子は昭和三四年ごろから本件建物外に居住してこれを使用せず、同本件建物に同みさ子を居住させて使用せしめ、同時に喫茶店「すずらん」の営業をさせて収益をなさしめ原告の承諾なくして賃借物を転貸した。そこで原告らは同三八年四月二四日清子に対し内容証明郵便をもって右転貸を理由に本件建物賃貸借契約(以下本件契約という)を解除する意思表示をなし、右は同日同人に到達した。
(三) 被告コウ、同隆雄、同みさ子は昭和三四年以降本件建物に居住してこれを占有している。
(四) よって原告らは被告清子に対しては本件契約解除に基く原状回復請求権により本件建物明渡と本件契約解除の日以後である昭和三八年五月一日から明渡ずみまで賃料相当額である月金八、五〇〇円の割合による遅延損害金の支払を、またその余の被告らに対しては本件建物所有権により本件建物明渡と同被告らが占有を開始した後である同三八年五月一日から明渡ずみまで賃料相当額である月金八、五〇〇円の割合による損害金の支払を、それぞれ求める。
二、被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め次のとおり答弁した。
(一) 請求の原因第一項は認める。
(二) 同第二項はみさ子が本件建物に居住して喫茶店「すずらん」の営業名義人となったことは認めるが、右事実が、人に使用収益をなさしめて転貸したものであるとの主張については争う。なお、みさ子が本件建物に居住をはじめたのは昭和三〇年に本件契約のあった直後であり、営業名義人となったのは同三七年九月ごろである。原告主張どおり本件契約解除の意思表示があったことは認める。
(三) 同第三項は、被告コウ、が本件建物に居住していることは認めるが、隆雄およびみさ子が本件建物に居住していることは否認する。コウは清子と同一世帯に属する家族として同人の営業の補助に当たっているのであるから、独立してこれを占有しているものではない。
(四) すなわち、被告清子、コウ、隆雄は、本件建物賃借後本件建物において、一家で喫茶店営業を始め、長女の清子を営業名義人としたが、まもなく被告みさ子は右喫茶店の住込従業員となり、のちに清子の弟である隆雄と結婚したものであって、被告らはいずれも清子の家族または従業員として営業の補助に当たっていたのであるが、清子は昭和三二年ごろ一時家庭の事情から本件建物を出て他に居住し、喫茶店営業は隆雄とみさ子がこれにあたることになり、その頃営業名義を隆雄に書替え、さらに昭和三七年九月ごろみさ子に書替えたもので、被告みさ子は独立してこれを占有しているものではないから、民法第六一二条第二項の「第三者」に該当せず、本件建物の転貸にはならない。なお、清子は昭和三八年六月頃本件建物において隆雄夫婦と再び居住し、喫茶店営業にたずさわっているが、隆雄とみさ子は本件建物より出て他に転居し、その後離婚してみさ子は実家に帰り、隆雄は名古屋市に居住し、右両名共本件建物における喫茶店営業にたずさわっていない。
三、被告ら訴訟代理人は抗弁として次のとおり述べた。
(一) 仮にみさ子が喫茶店「すずらん」の営業名義人として本件建物を使用したことが清子の第三者に対する転貸であるとしても、鈴木安太郎および原告らは、清子が昭和三二年ごろから本件建物外に居住することになってからもこれを知りながら従前どおり本件賃料を異議なく受領し、賃料改訂を重ねて当初の月金六、〇〇〇円から金六、五〇〇円、金七、〇〇〇円と順次増額をなし、同三六年一月からは金八、五〇〇円に増額したほどであるから、みさ子が本件建物を使用することを黙示的に承諾していたものである。
(三) 仮に右承諾が認められないとしても、右喫茶店は当初から被告ら家族全員が営業に従事して来たものであるから、みさ子に名義変更後も営業および利用の実態は従前と異るところはない。従って契約当事者間の信頼関係を破壊するものではないから解除権を生ぜず、本件契約解除の意思表示は効力がない。
(三) 仮に右主張が認められないとしても、前記事情の下において解除権を行使するのは、権利の濫用で許されないものである。
四、原告ら訴訟代理人は抗弁事実を否認すると述べた。
五、証拠≪省略≫
理由
一、請求の原因第一項および第二項中被告みさ子が本件建物に居住し喫茶店「すずらん」の営業名義人となったこと、右を理由に原告ら主張どおり本件契約解除の意思表示がなされたこと、同第三項中被告コウ、が本件建物に居住していること、はいずれも当事者間に争いがない。被告馬居清子本人尋問の結果(第一回)によれば、みさ子が本件建物に居住した時期は、昭和三〇年一〇月一七日本件契約がなされた直後であり、同人が喫茶店「すずらん」の営業名義人となったのは同三七年九月八日であることが認められる。
二、まず被告清子に対する請求すなわち清子がみさ子を本件建物に居住させ、喫茶店「すずらん」の営業をさせたことが、本件契約解除原因たる「転貸」に該当するか否かについて判断する。民法第六一二条にいわゆる転貸とは、賃借人が第三者をして賃借物の使用収益をなさしめることを約する契約というのであるが、右の第三者とは目的物の全部または一切につき独立して使用収益をなしうる地位を取得した者をいい、従って賃借人の雇人や賃借人と世帯を同じくする親族等はこれに該当しないと解するのが相当である。これを本件についてみると、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。清子は前記のとおり昭和三〇年一〇月一七日本件建物を賃借した際、家族として、母コウ、弟隆雄(当時二一歳)の他妹二名が居り、清子(当時四〇歳)が中心となって自ら営業名義人となり、隆雄とみさ子(昭和三〇年一〇月ごろ住込従業員となった)の二名を補助者として本件建物で喫茶店営業を始めた。ところで、清子が本件建物外に居住するようになったのは、昭和三四年ごろみさ子が隆雄と結婚したのち同夫婦と清子との間が不仲となったためであるが、その際清子は本件喫茶店の経営を一時隆雄夫妻に委任して名古屋にある妹宅や東京にある友人宅等に寄寓し、時折隆雄夫妻を訪れていたが、のちに隆雄およびみさ子の関係が破綻して、同人らが離婚したのち昭和三八年六月ごろ清子が再び本件建物に戻って本件喫茶店を営業するようになった。本件喫茶店の営業名義人は当初は清子であったが、のち昭和三四年一二月ごろ隆雄、同三七年九月ごろみさ子と順次変更し、再び同三九年三月清子となっている。以上の事実が認められる。原告鈴木本人尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は措信しない。してみると、みさ子が本件喫茶店に居住し、のちに営業名義人として本件建物を使用したのは、清子が本件建物外に居住している間その営業を一時清子に代ってなしたのみであって、経営の主体は終始清子であり、みさ子が独立して本件建物を使用収益しうる地位を取得したものであるとは認め難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。従って右は、清子から第三者に対する転貸ということはできず本件契約解除の意思表示は効力を有しない。よって右解除を前提とする原告らの被告清子に対する請求は理由がない。
三、次いで被告コウ、同隆雄、同みさ子に対する請求について判断する。本件建物を原告らが所有し、コウ、がこれに居住していることは当事者間に争いがない。しかし≪証拠省略≫によればコウは清子が本件建物に対して有する賃借権に基いてなす喫茶店「すずらん」の営業の補助者であり、かつ同一世帯の親族であることが認められるから、コウが独立して本件建物を占有するものということはできず、また被告隆雄、同みさ子が本件建物に居住していることはこれを認めるに足る証拠はない。結局コウ、隆雄、同みさ子に対する原告の請求は理由がない。
四、よって原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西川豊長)